Saturday, September 26, 2020
 

関心の対象と範囲

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自分の生活なり仕事なりには、「自分が関わっている事」に対して、見えない範疇というものがあると思う。その時に悩むのが、物事に対して関心を持つときに、自分がどこまで首をつっこめばよいのかというとこ。

Webサイトの制作の場合、自分が携わってるサイトのディレクションについては、お客との交渉とか、素材の手配とか、仕様の取り決めとかが、ここでいう「関心の対象」になる。それは自分のタスクなので普通にやるんだけど、自分から見て、それを取り巻く付加的な要素(デザインとかプログラミングとか)の判断に困ってしまうときがある。
ある種、分担作業が当たり前のサイト制作において、タスクの割り振り=決定権の分散なので、制作前に仕様を共有して適材適所のエキスパートが、それぞれ自分の「関心の対象」に対して良いと思う形で判断をするのが、普通なのではと思っていた。あとは「こうしましたー」って言ってもらえれば、問題なければ「じゃ、それで」で済むし、自分がわからない事について判断を求められた時に「そっちで決めて」になる。ただ自分の場合、「全部自分が決めないと」と思う反面「無理だから任せちゃお」という葛藤が先に出るので、アサインしたデザイナーとプログラマーが提案タイプか指示待ちタイプかで変わってくる。

生活においても「自分と自分が関心のある人と自分が関心のある人と関係がある人」についてという場合、自分にとっての関心の対象は、「自分が関心のある人」なので、「自分が関心のある人と自分が関心のある人と関係がある人」の間に何があったか(あるのか)が関心の対象から外れてしまう時があった。特に「自分が関心のある人と自分が関心のある人と関係がある人」の間にある事が、自分にとってネガティブな事の場合。直接的に自分に関わってこない分、現実味が湧きにくい。自分の事として受け止められないので「それはそれ。これはこれ」みたいな形で物分りよく割りきるか、どうしてよいかわからないという感覚になる時があった。

慈愛的に少しでも自分と関係がある事柄全てに関心を持つべきなのか、それぞれに責任や範疇があるんだから目の前の自分の関心の対象にだけ気を配るべきなのか。正直、その辺は実感としてまだよくわからない。でも、自分の関心の対象が何なのかを決めるのは自分である以上、状況とか事情とか立場とかはあるにせよ、前者でありたいなと思う。それは自分の関心の対象を広げる事だし、翻って自分の器というか、枠を広げる事にも繋がるような気がする。

 
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