Wednesday, October 21, 2020
 

「機能」と「用途」の正しい使い方

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新しいゲームや携帯を購入した時、まず人は何をするでしょうか。

大抵多くの方が「説明書」を見ると思います。その道具をどう使うのが正しいのか、そのボタンを押せばどうなるのかを一生懸命調べて覚え、ブ厚い説明書とニラめっこしている事でしょう。実際、使い方を覚える事は大事です。意図した用途があり、それを実現するためには正しいプロセスがつきもの。そのためには知識をつけなければなりません。ただ、それが楽しいかどうかは別の話です。しかも「使う事」が目的化しがちです。せっかく覚えた機能も結局最近使ってないなんて事もあるのではないでしょうか。

「機能」と「用途」

一言に「使い方」と言っても言葉の意味はシーンや使う人によって変わってきます。初めてその道具を使う人なら「機能」の事でしょうし、一度使って、その道具を活かして何をするのかなら「用途」の事でしょう。本来、道具を使う人として試行錯誤をし、知恵を絞るのは後者のハズ。ですが、最近は機能を学ぶ事、または説明書(学んだ事)通りに利用しないといけないという思い込みがある様な気がします。世の中に1つの道具についてのハウツー本がたくさん出ているのもその要因でしょう。

「正しく使う」という事

ある道具の使い方説明書を観てみると「誤った使用による故障は保証外です」とあります。ですが、その道具の扱いが「正しいか誤ってるか」を決めるのは、そのシーンであり使う人が本来のはずです。詭弁かもですが「カヌーを作ろうとしたが、トンカチがないのでDSで釘を打って完成させた」は、自分の中では正しい使い方です。ツッコミどころが多いのは認めますが、道具は目的ありきです。もちろんDSの用途は釘を打つ事ではありません。でも打てるなら打ってよいと自分は考えます。だって、今はカヌーを作りたいのだから。

何をどう使うとどうなるのか。を学ぶには経験が必要です。経験は知恵ですが、その手前には知識があります。そしてその為には情報とデータ(事実)が必要です。知識までは書籍なり学校なりで学ぶ事ができるでしょう。しかしそれを知恵に昇華させるのは、実際にやってみた個人でしか成し得ません。

機能を覚える事も大事ですが、用途を自分で想像し実践する事で新しい可能性が開けます。情報についてもそうですが、正しいか正しくないかの判断は、その場にとって都合が良いかどうかで決まります。正論であるかどうかは2の次なのが世の中です。ちょっと残念ですが。
なので誰かが決めた正しさを守る事に頑張らず、自分の思うがままに道具を使ってこその人間です。そのためのチェレンジを恐れない事。DSがボロボロになっても良いんです。それでカヌーが完成するのなら。

 
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