Saturday, January 18, 2020
 

世界の輪の中の和の国のSNS

にわかに、だが確実に盛り上がっている(一部業界だけ?)Facebook。ただ、日本にもmixiやGREEといった似た様なSNSサービスは既にある。

今頃なぜFacebookなの?というそもそもの疑問もあるのだが、ただ単純に一部のWeb営業や、マーケティング屋さんが、新しいWeb商材を見つけたというだけで済ませてしまうのは、もったいない気もする。当初、mixiを使っていたユーザーとして、SNSの本質とそれぞれの活用の本質について、自分の経験も踏まえて、少し考察など。

世界は1つ

今から3年ほど前、自分はカナダのトロントに短期で過ごした経験があるのだが、その時に知り合った人たちは、カナダ人、韓国人、メキシコ人、ブラジル人、トルコ人、ルーマニア人と様々。それまで海外経験が無かった自分には、そこで知った個々の国の文化、グループ、人柄の違いに非常に驚いたのを覚えている。それと同時に「あ、自分は日本人なんだ」と、今まで当たり前だった感覚を一歩引いて感じられたのが印象的だった。自分も世界の中の1人なんだと思えた瞬間だった。

Facebookはバベルの塔?

当時すでにFacebookのアカウントは持っていたのだがSNSは、mixiを基本でやっていた自分としては、イマイチ、インターフェースがわかりずらく「こりゃ、日本では流行らんだろうなぁ」などと感じていた。「まぁmixiでいいや。というかそんな何個もできないし」というのが本音だった。で、海外にきてネットができる環境に来て、そこにあるモニターの画面をチラ見してみると、ほとんど似た様な画面を閲覧しているのに気付いた。みんなFacebookをやっていた。だが、同じ人種という訳ではなく前述の各国の人たちが同じSNSサイトを見ていた。もちろん当時既にTwitterはあったし、似た様なサービスもいくつかあったのだが、その光景を見て「海外ではFacebookなのかー」とその時は軽く感じていた。

Facebookとmixiの違いの根本

単純に言ってしまえば「マーケットが違う」という事になる。Facebookは世界、mixiは日本。その市場の差でしかないのかもしれない。じゃぁ、端的に「世界の人はFacebookで繋がっています!さぁ、日本も!」と言っても、結局、同じ言語の人たちとばかり繋がっていたり「自分の行動や言論を知られたくないから匿名で」だったら「じゃぁ、mixiでいいじゃん」という話。ただ個人的には、Facebookとmixi(日本のSNS)の違いの根本は、そのSNSサービスとしてのポテンシャルにある。Facebookには世界と繋がれる可能性が、mixiには日本の人たちと(当たり障りない程度に)密に繋がれる可能性があるという違い。どちらが良い悪いという話ではなくて、利用者次第でそれぞれのサービスのあり様や使い方が変わるという、まさにソーシャルの根本の話。ただ、その枠の外壁をどこに置くかで、差が歴然と出てくる。

日本のSNSサービスの多くが、日本というマーケットだけでパイを取り合っている理由は、「対称ユーザーが日本人(気質)だから」というのも理由の後ろにありそうな気がする。逆に、当初、一大学の学生用交流ツールだったFacebookが、ここまでシェアを伸ばしたのは米国という他民族国家の風土は無視できない要因だと自分は思う。そのアウェイの中、日本人ユーザー(企業アカウント)が、どう立ち向かうのか。これをチャンスと海外進出を視野にいれるのか。または、日本の既存ユーザーの取り込みに精を出すのか。どちらも間違いではないと思うし、個々の企業指針なので、目的を見据えて活用したら良いと思う。

ただ、来訪ユーザーのデータという裏付けを盾に、既存サイトのサービスを厚くするため、ゲーム開発に走る日本のSNSの姿を見る限り、ガラケーならぬ、ガラSNSのクールジャパン化は、思ったより早く来そうだなーと思ったり思わなかったり。

 
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