Monday, May 17, 2021
 

批評の責任力

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クライアントにしろ制作にしろユーザーにしろWebは、様々な人が絡むのでそれぞれの意見だったり、事情だったりがあったりする。

その時の「落とし所」については、割とその「落とせる所に近い人」が落とすというのがよくあるんだけど、落とすには、落とすなりの理由だったり、個々の意見を聞いたり、そもそもの到着点や仕様と照らし合わせて、「まぁ、この辺かな」って感じでする事が多い。折り合いというよりも現実的な部分(コストとか納期とか)と理想(クオリティとか)の中間を狙うイメージ。

一番困るのは、制作してる時にチェック時とかに意見と言う名の批評は言うものの、その理由がない場合。明らかに間違ってるとこは修正するんだけど、批評とかの場合、そもそもでなんでそれがダメなのかという理由がサッパリなので、裏付けが薄いまま。でも落とさないとだから勘で落とす。で、外しててまた批評がくるという負のスパイラルに落ちるときが、2年に1回くらいの周期であったりする。

相手が何を望んでるのかをハッキリさせるのかが自分の仕事でもあるんだけど、情報が取れてない理由は、コミュニケーション不足だったり、お互いに「それ考えるのは、そっちの仕事でしょ」的な思い込み作業仕分けがあったり、そもそもでこちらが理解できない難しい仕様だったりとか様々あるとは思うんだが、代替案をくれとまでは言わないが、せめて批評(間違いを指摘する)なら「なんでそれが間違いなのか」を言うべきなんじゃないのかな。

正論(主観含む)として言ってきてるのはわかるし意見を言うのは大事だというのはもっともなんだけど、間違えたとこを機械的に指摘して、あとはそっちで考えろってスタンスがどうも好きではない。
声がでかけりゃ勝ちなのか?それだと相手を追い詰めるだけだと思うんだが。

でもそれは、それぞれのスタイルだし、そういう人なんだからって話なのかもしれなけど、純粋に自分はそうはなりたくないし、仮定や理想を語るなら、じゃ、それをどう実現するか(なぜそれが必要なのか理由)をちゃんと考えたいなと思った。

 
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