Wednesday, October 21, 2020
 

当事者意識がつくる『評価のステージ』

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仕事をする以上、結果と評価は常についてまわります。

お題として得たニーズに対してソリューションを提示し、それについての評価を得る。
評価を下すのは、サイト制作の場合はユーザーまたクライアント、社内でしたら上司でしょうか。ただし一口に評価といっても自分のいるポジションなどから、どういった評価を得たいのかが変わってくる事があります。
それは補完的立場として求められる結果と当事者として求められる結果の違いです。そしてそもそもの起点の違いが結果のクオリティや周りからの評価に大きく作用します。

つまり『言われた事を言われた通りにやって得る評価』『自分のやりたい事をやりたい様にやって得る評価』は、結果的に評価自体は変わらなくても起点の違いがモチベーションに大きく差が出ます。

ワガママとは違った『自分本位』

後者の方が茨の道でしょうし、暴走にならない様に事前と事後の周りへの共有、自分と(+周りの目と)の戦いなど、目を配る箇所は多いです。しかし得たもの(評価)が仮に同じだったとしても本質的な価値が大きく違います。

「やりたい様にやる」と聞くと自己中心的なイメージがあるかもしれませんが、人間誰しも自分の興味のある事には率先して能動的になるものです。
とは言え、組織論においてはオペレーション的な動きを必要不可欠であり、それは関係者全員の約束事として抑えるべき点でもありますが。

また、人を仕う立場にあるなら、相手にどう当事者としてのモチベーションを持ってもらうかが大事であり率先して動ける組織作りが理想でしょう。ただ、受け手としては丸投げの様に捉えられてしまう事もしばしばあるのが現実です。
個々が当事者であり、かつ「今求めらてる結果は何なのか」。その意識の共有がワガママ集団ではなく、自立した集団となる分かれ目なのかもしれません。

『自己』と『周囲』のバランス

評価を得る事でソリューションが初めて価値を見出し、金銭や満足度といったもので代替されて自分に返ってきます。最近はよく「アウトプットが大事」と言われますが、ただ単にアウトプットすれば良いという事ではなく『評価のステージに挙げる事』が本質的な意味でしょう。

もちろん自分のアウトプット全てが評価してもらえるという訳ではないですし、逆に一挙手一投足が評価されてしまう人も中にはいます。自意識としてどちらが居心地が良いかは意見の分かれるところではあります。
「全ての人に好かれたい」は自意識過剰でしょうし、そもそもでターゲットが曖昧です。またそもそもで評価して欲しい人に結果が届かなければ評価してもらう事はできません。
自分のやりたい事、目指すべき得たい評価があるのなら、周りに対して愚痴る前に、まず自分のポジションを俯瞰し、誰から評価を得たいのかを再考しましょう。

自分としては、満足のいく結果が出ても周りからは辛辣な評価を得る事もあります。なかなか世の中は思い通りにはいかないものですが、評価を得続ける事が大事あり、そのためのプロセスもまた継続し続ける事が大切なのだと思います。
それが『自分のやりたい事』であるならなおさら良い事です。自分のステージは自分で作る。与えられた中で右往左往するのではなく、そのための試行錯誤にこそ本当の価値があるのだと思います。

 
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